「2人の竜」

EXIT
 父上。今頃父上は青年となり、清空竜の加護にある天空の楽園で乙女の母上と共に薔薇色の日々を御送りなのでしょうか。もしそうであるなら、それはそれで真に宜しい事だと思います。父上が旅逝かれてからはや七年。僕は十六になりました。

 母さん。元気でやっているか。もうそっちは霜青竜のやってくる厳しい季節になっているんだろうな。今の仕事が終わったら一度そっちに帰ろうと思ってる。傭兵になる為に家を出て、随分経って俺も大人になった。今年で十六になったんだぜ?

 父上が逝かれた日の事は、瞼を閉じれば今でも鮮明に、色鮮やかにくっきりとこの胸に炙り出されます。あれは我が愛すべきラサ・アプソ王国建六百年の記念式典の日でしたね。
王宮テラスの眼下に広がる広場には、視界一面に詰め寄せた砂粒ほどの大きさの国民が、式典開会の為の父上のお言葉を今か今かと待っていました。
僕は母上兄上と共に一足早くテラスに着き、始めて参加する国家行事に震える体を一生懸命に押さえつけました。そうして、やがて父上がビロウドの真赤な絨毯で出来た道の上を威風堂々歩み来るのを恐れとも尊敬とも言えぬ奇妙な心持で眺めていたのです。尋常ではない国民のはしゃぎ振りを受け流し、父上は仰いました。
「ラサ・アプソは、神に愛された国である。豊かな土壌。素朴だが温厚な国民。私は誇る........ラサ・アプソに光を!栄光を!」
その瞬間に頭上を何か黒くて大きいものが飛び去るのを、僕は見ました。
 黒いもの。それは騎竜の群れでした。式典で浮かれていた為手薄になっていた警備を騎竜達はあっという間に破り、テラスの僕らを取り囲みました。そしてその一人が僕を見て
「すまない。・・・・・・・・許せ」
と呟くと腰にした剣で、父上を・・・・・父上を、刺しました。それと同時に放たれた火矢が絨毯に引火し、赤は紅になりました。

 俺が家を出た理由、母さんには言ってなかったな。その所為で頬を叩かれ、親不孝者と罵られて、正直結構辛かったよ。でもあの時は恥ずかしくて言えなかったんだ。
 今、この世界には戦争が多すぎる。小さな争いが大きな争いを呼んでいるんだ。その為に俺等みたいな小さな村は、村民を傭兵として売り払って生計を立てる。売る個所はばらばらだから、昨日まで一緒に笑ってた友達が敵になる事だってあるんだ。
大好きな親友と殺し合う世界。このままではいずれ世界は闇と退廃で埋もれてしまう。
それを防ぐ為に、戦争を終わらせる為に俺達は最後の戦いを起こした。
 俺は平穏で安らげる世界を作りたい。俺が望むのはそれだけなんだ。

 傍に居た親衛隊長が父上にすがり泣き叫ぶ僕を無理矢理引き剥がし、逃げさせました。数名の隊員達と共に追いすがる炎を掻い潜り、飛び来る火の粉を振り払い・・・・。騎竜舎へ辿り着くまでの間に、母上は追いついた兵士に、兄上は弓の狙撃手に狙われ其々離れ離れになりました。
「貴方様は死んではなりませぬ!貴方が生き延びる事が、民草の拠所なのですから」
 事の経緯が理解出来ずにしゃくりあげる僕を抱かかえながら、
「彼等を恨んではなりませぬ、決して怨んではなりませぬぞ!」
と何度も何度も繰り返し繰り返し初老の親衛隊長は叫んでいました。
 幾度も耳にしていたのに、何処か遠くだった言葉。 
 ・・・・・・・・・戦争。
「王を奪い去ったのは、彼等ではありませぬ!彼等でっ・・・・・・・・・・」
天井が落ちました。

 そうだ。最近、面白い夢を見たんだ。野原を歩く夢・・・・とは言っても普通の野原じゃないんだ。足元から地平線の向こうまで、一面蒲公英の綿毛に包まれた真っ白な野原。
何処へ行くでもなく、俺は歩いてる。すると突然背後から誰かが俺を呼ぶんだ。振り向くと、其処には紅のドラゴンがいて・・・・・・そいつは、俺に色んな事を聞いてくる。
『少年よ。其は何ぞ。紅に投ずる、其の奥、深淵は何ぞ』
『幕は斬裂かれん、歓喜、殺し、欲望。答えよ。其は何ぞ』
『奮う刃は誰が為に。答えよ』
そこで俺はこう答える。
「俺は何でもない。どこまでゆこうと俺は俺だ」
「・・・・人を殺すのは嫌いだ。だけど、斬らなきゃもっと人が死ぬ。だから、斬る」
「俺の為だ。友達が死ぬのは、殺すのはもう嫌だ」
するとドラゴンは翼を広げ、飛んでっちまうんだ。
『合い心得た。往け、少年』
『力無き真は意を為さぬ。統一の為、其が真成りと思うならば、往け、少年』
『我は紅戦竜。紅き戦の加護の元、奮え、少年』

 気が付くと、僕は草原にいました。御城の庭の比じゃありません。見渡す限り、地に足をつけている個所から霞みの掛かる向こうまで、一面に黄色い蒲公英が咲き乱れているのです。辺りを見渡すと直ぐ後ろに赤いドラゴンがいて、僕に語り掛けてきます。
『幼き獅子よ。其は何ぞ。赤に包まれ、翻弄される其の心、想いは何ぞ』
『張り裂けんばかりのその胸に燃ゆるのは、恐怖、怒り、絶望。答えよ。其は何ぞ』
『流す涙は誰が為に。答えよ』
僕は立ち上がり、答えました。
「僕は、ラサ・アプソの誇り高き王の息子です。」
「・・・・死ぬのが怖いです。父上を殺した人が憎いです。僕には何も解りません。・・・・でも、王族の役目は民を守る事です。父上亡き今、それは僕の役目です」
「恐ろしいです。何もしたくないです。でも、民が僕を待っているのなら、僕は行かねばなりません。それが王としての役割なら・・・・・・父上にはそう教えられました」
 ドラゴンが羽ばたきます。
『合い心得た。往け、幼き獅子』
『子は親を慕い親は子を護る。それは節理。定理。真理』
『我は皇赤竜。覇者の祝福と加護の元、其が民の為に泣き濡れよ』

 また気が付くと、目の前の瓦礫の中に老隊長が埋まっていました。

 争いが絶えないのは国が細分化し過ぎているからだ。
なら全てを統一すれば良い。そしてコレが最後。
 母さん。不器用な息子で、ごめんな。
今の仕事が本当に最後の仕事なんだ。コレが終わったら、その時は・・・・・。

 大きな幸せの為に、小さな幸せを踏み躙ってよい道理などないのです。それ以前に、幸せや平和に大きいも小さいも無いのです。全てが等しく幸せなのですから。
何が正しい事なのか、僕には解りません。だからといって、民の幸せが崩れるのを黙ってみている訳にはいかないのです。
それを教えてくれたのは父上、貴方なのです。

待っていてくれ母さん。俺は戦うよ。
見て居て下さい父上。僕は戦います。

神に等しき竜の元に。


EXIT